天龍峡の見所
 「天龍峡」の名は弘化4年(1847)、備中国岡山の儒学者阪谷朗廬(さかたにろうろ)が岩を砕く激流と高い断崖・岩壁の景観を賞して命名。以来多くの名士が訪れている。
 明治時代の書道家日下部鳴鶴(くさかべめいかく)が奇岩を中心に「龍角峰」以下十勝を選定した。
 昭和9年国指定名勝に、昭和26年県立公園に、昭和44年天龍奥三河国定公園に指定された。

天龍峡の歴史年表

天龍峡の歴史資料 [再生道路開通式で配布された資料です]
 

 天龍峡は昭和9年(1934)に名勝として指定を受け、我が国の優れた国土美として欠くことのできない大切なものとして、今日まで地域住民を中心に管理団体である飯田市とともに保存してきました。
 しかし、指定から長い年月が経過し、優れた風致景観の変容、天龍峡を取り巻く環境の急速な変化などから多くの課題が顕在化してきました。
 このため飯田市では、平成18年から「名勝天龍峡保存管理計画策定委員会」を設置、平成19年にはこれを発展させた「名勝天龍峡保護活用協議会」として専門家の皆様方にご指導をいただきながら、名勝天龍峡を将来にわたって適切に保護するため「名勝天龍峡保存管理計画」、「名勝天龍峡整備計画」を策定しました。

 ○名勝天龍保存管理計画 … 名勝天龍峡を適切に保護(保存管理・公開活用)するための基本指針
 ○名勝天龍峡整備計画  … 保存管理計画に示した保存管理・公開活用策の具体的な推進計画

峡谷には巨岩奇岩がそびえたち、また遊歩道には季節ごとに多彩な草木花。
ここ天龍峡には、詩歌の素材が豊富にあります。

遊歩道は1周約1時間で回ることができ、吟行に程よいコースとなっています。
今までも、天龍峡では数多くの優れた俳句や短歌が詠まれてきました。
そこで、2009年10月25日「天龍峡吟行適地宣言」を行いました。
天龍峡は、吟行好適地として、吟行にお越しになる方々を歓迎いたします!

句会・歌会会場のご紹介(一部有料)、歳時記や筆記用具のお貸し出し、用紙のご提供を行いますので、吟行にお越しになる皆様、下記までどうぞご相談ください。

お問い合わせ
天龍峡温泉交流館
電話・ファクス●0265-27-4011
受付時間●平日9時〜17時

※誠に勝手ながら留守にしていることもあります。
 その場合、申し訳ございませんが、改めてお電話をお願いします。

*天龍峡吟行適地宣言*

天龍峡には、江戸期以来、多くの文人墨客が訪れ、優れた短歌や俳句などの詩歌が詠まれてきました。それは、この天龍峡の峻険でいて悠然とした峡谷美とそこに暮らす人々の温かさが、来訪者の心を揺らし、創作意欲をわき起こしてきたゆえんではないでしょうか。また、人々の思いを乗せた川下り、神仙峡にたとえられた天龍峡十勝も叙情をかきたてるものでありましょう。

私たちは、その歴史と魅力を再認識するとともに、詩歌によって天龍峡の奥深い魅力を発信し、後世に守り伝える努力を続けていきます。
本日ここに“天龍峡”が吟行に適した地であることを宣言します。

平成二十一年十月二十五日
天龍峡観光再生実行委員会
 
昭和12年7月はじめて納涼花火大会が行われ、それ以降花火の打ち上げを昭和初期から始まった新盆供養の灯ろう流しと併せて行うようになりました。
天竜川の川面を流れる灯ろうと、盛大に打ち上げられる花火のコントラストが見事です。
今は飯田の三大祭りのひとつとして定着し、8月16日に毎年行われています。
会場は飯田市時又。JR飯田線時又駅から徒歩5分程度です。(天竜峡駅から飯田方面へ2駅)
問い合わせ先:竜丘商工会館 TEL0265-26-7355
今田人形天龍峡の東側、龍江地区に今も伝わる「今田人形」。始まったのは、江戸時代中頃の1704年(宝永元年)のことです。起源の実年代が明かな人形座としては、今田人形が当地・伊那谷で最も古いといってよい人形座です。

氏神様(大宮八幡社)のお祭りを賑やかにするために操り始めた人形浄瑠璃で、現在、地元の保存会により伝承されています。また、国の選択無形民俗文化財に指定されています。
毎年10月中旬、秋の奉納上演が行われます。そのほか、8月のいいだ人形劇フェスタのときに上演が行われます。

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